San Francisco Bay Brews

San Francisco Bay Areaに住む日本人の方々に

BOUDIN BAKERYのサワードウ

サンフランシスコの名物の一つにサワードウというパンがあります。これはBOUDINというベーカリーが、ゴールドラッシュ始まりの年である1849年にサンフランシスコに店を開いたときに持ち込んで始めたもので、味がちょっと酸っぱいのでサワーと呼ばれ、ドウというのはパンのこねた生地のことで、酸っぱいパン、Sourdoughです。焼き上がった形は色々ですが、丸く焼かれたパンの中をくり抜いて丼のようにして、そこにこれもサンフランシスコではポピュラーなクラムチャウダーを入れて出てくるのがブレッドボウル、Bread Bowlです。入れ物にってるパンは結構な大きさなので、中身のクラムチャウダーはすぐ食べれらるんですけど、パンを食い尽くすのには、結構な空腹の助けが要ります。BOUDINはサンフランシスコの歴史でもありアイコンでもあるので、サンフランシスコへ寄られる際は是非試してみて損はないと思います。

 

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地震アイスクリーム(Earthquake)@サンフランシスコ

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サンフランシスコの名物の一つにGHIRARDELLI(ギラデリ)というチョコレートのお店があります。お店と言ってもでかい企業で、色々な場所に店舗がありますが、サンフランシスコのフィッシャーマンズワーフのはずれにあるGhirardelli Squareと呼ばれている一画には、チェコーレートや、アイスクリームが食べられる店を出してます。その店のメニューにEarthquake(アースクエイク、地震)という、サンフランシスコが地震でも名をはせていることにちなんだかどうか知りませんが、とんでもなくでかいアイスクリームサンデーがあります。写真が実物です。初めて注文した時に、”アースクエイクは何人前?”と聞いたところ、店員曰く”5-6人前くらいかな”とのことだったのと、こちらも6人いたので注文したところ、サンデーが出てきてビックリ。とても日本人、インド人、中国人、および米人連合では完食できず、強烈なBrain Freeze(冷たくて頭が痛くなるやつ)に見まわれて退散でした。全部平らげるには多分10人以上は必要なような。

イチゴジャム&マーガリン vs ピーナツバター&ジェロ

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日本で食パンを使ったポピュラーなサンドイッチに、イチゴジャムを片方のパンに塗って、もう一方のパンにはマーガリン(決してバターではない)を塗ってそれらを合わせてサンドイッチにしたのがありますが、米国では見かけません。その代わり、米国の子供達のランチの定番として脈々と存在しているのが、ピーナツバター&ジェロと呼ばれているサンドイッチです。片方のパンにピーナツバターを塗り、もう一方にはジェロ(jello)と呼ばれる赤い色のジャムのような物を塗ります。なぜか色の取り合わせは日本版と似ています。このジェロという食べ物は何から出来ているのかよくわかりませんが、スーパーでJelloの素を買ってきて作ります、と言っても確か水で粉をといて冷やしておくだけ。まあピーナツバターといいジェロといい甘いですからカロリーは満点でしょうね。

でも、私はイチゴジャム+マーガリンの方がよく出来てると思いますが、いかがでしょうか?

ダイバーシティー?

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最近、日本でもDiversityということが言われるようになってる様ですが、Diversity先進国の米国、特にカリフォルニアで感じられるDiversityと、日本で使われているDiversityという言葉、それには結構相違を感じます。よく日本のDiversityで勘違いしてるんじゃ無いかなと思うのは、平等と言うことの概念です。日本で平等という言葉を使うと、みんな同じ人間なんだから公平に同じくありましょうね、という感覚を持つ人が多い様に感じます。でも本当の平等意識は、互いの違いを認めてRespectすることから始まるはずです。同じ人間なんているわけがないし、ある事を出来る人もいれば、出来ない人もいる。走るのが早い人もいれば、足が無くて走れない人もいる。そういうのを全て認めて、Respectすることが、平等ということのスタートラインだと思います。例えば肌の色にしても、白と黒と黄色、なんてことはなくて、もっと色々な肌の色の方々がここにはいます。そうすると肌の色なんてどうでもよくなってしまします。(昔のクレヨンのセットには”肌色”っていう色があったけど今もあるのでしょうか)他の身体的特徴についても同じです。もちろん考え方のベースにある価値観だって様々、皆決して同じでは無い。そこから初めて平等ってのはどういうこと、だからDiversityだ、と思うんですけど、いかがでしょうか?

ちなみに、カリフォルニア州では、例えばLGBTとか女性であるとか歳が行ってるとか犯罪歴があるとかの理由で雇用の採用を断ると犯罪になります。

サンフランシスコの地ビール

サンフランシスコのご当地ビールといえば、Anchor Brewering。色々な種類のビールを出してるけど、ポピュラーなのはSteam Beer。エールとも違う味でなかなか無い種類のビール。それ以外には、Lagar、Ale、IPA、Pale Aleとか色々。

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立川に住んだ米軍人

近所のIoT関係の展示会に行ってみたら、サンノゼ市にあるある機械装置メーカが出展してました。私の仕事がこういう会社に機械部品を売ることなので、ジロジロ装置を眺めていたら社長が出てきて言うことには、使っている主要な部品は日本ブランドだよ、とのこと。

嬉しくなって色々話していたら、なんと彼の親父さんが、US Ariforceで終戦後の横田基地に勤めてたとのこと。話はそこからで、そのお父さんは事実上米国である基地内には住まないで、近所の立川に住むと決めたところ、周りの米人から「基地の外に住んだら日本人に殺されるぞ」と脅されたそうです。まあ当時は終戦後で、米人も戦争中に日本人に酷い事をしたと思っていた、と彼は言ってました。

それでも、彼の親父さんは立川に住む事を決めて住んだそうです。その期間、何年だか聞きませんでしたが、後になって親父さんは、その立川に住んでいた時が人生最高の時だった、と語っていたそうです。殺されるどころか最高だったと。米国に住んでて米人からこう言う話を聞かされると鼻の奥にツンときちゃいますね。

Made in Japanのクラシックモーターサイクル@San Francisco

ここ、北カリフォルニアにいると、時たま古〜い日本製のモーターサイクルに出くわすことがあります。古〜いのですが、それらは良くレストアされていて、まるでタイムマシンに乗って過去からやってきたと思えるくらい綺麗なことが多いです。米国では、この様な古いモータサイクルや自動車を修理するのに必要な部品が割と豊富に出回っている模様で、自分の家のガレージでコツコツとレストアしてる様です。

 

HONDA 300 Super Hawk TYPE-I、日本ではCB77と呼ばれていたバイク。多分1964-67年製。とても50年前のバイクには見えないですね。オリジナルと違うところはやたらとクロームメッキをかけちゃってるところ。

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これもHONDA Super Hawk 300 TYPE-I。ほぼオリジナル。これら2台はサンフランシスコで発見。

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HONDA CB400 Four。1975-77年製。これも40年経っているにしては、驚くほど綺麗でほぼオリジナル。バークレー市で発見。

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HONDA CL350。多分1971年製。タンクの塗装が焼けちゃってるけど、ほぼオリジナルのまま。良い音をさせて走り去ってゆきました。ロスガトス市で発見。

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HONDA CB350。これも多分1971年製。ほぼ完璧なまでにオリジナル。

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